小泉監督は美術の五辻に「ドブ板通りの商店街はノスタルジーをテーマに」とも伝えていた。当初は“今よくある寂れた商店街”を思い浮かべていたものの、小泉監督の言葉を受けて方針転換。“昭和さながらに活気のある商店街”を意識し、「間宮楽器店」のデザインから取りかかった。「間宮楽器店」は横須賀のドブ板通り沿いにあるリニューアル前のタコス屋を借り、外観も内装も作り込んで撮影している。 外観で目を引くのは、MAMIYA
MUSIC STOREの店看板。哲太の愛車である<1964年式 Old mobile Dynamic 88 Fiesta Station
Wagon>のリアウィンドウにも店のロゴが貼られているが、先に愛車用にロゴをデザインし、店看板としても使うことにしたという。内装は、東京都の福生にある中古楽器店「THREE
SISTERZ」の「天井から豪快に楽器がつるされていたりと、乱雑さとこだわりが入り交じる」内装からヒントを得てデザイン。所狭しと並ぶギターやベースはFender社製、YAMAHA社製のものに加え、岐阜にある楽器販売製造店「ヤイリギター」や「THREE
SISTERZ」に装飾の前田亮が交渉し、借りた貴重なものばかりだ。
ライブシーンは横須賀市にある食事しながら音楽を楽しめる店「Younger Than Yesterday」を借りて撮影された。もとは映画館だった「Younger Than
Yesterday」にはスクリーンが備わっている。これを覆い隠す形で深紅とグレーのドレープ幕を垂らし、その雰囲気に合わせて市松模様の床材をステージに敷いた。古き良き時代の大人の社交場といった趣は、寺尾のアイディアを参考に神戸のとあるクラブ(※現在は廃業)の内装に寄せて作り込んだという。
劇中で哲太は「Smile」「What Now My Love」「Love Me Tender」「Beyond the
Sea」「Volare」という洋楽の名曲5曲を歌い、演奏している。まずは小泉監督とプロデューサー陣が候補曲をリストアップして哲太役の寺尾に提案。当初は、モデルとなったテッド・マクダーモットが実際に歌った楽曲や、洋楽の定番曲を多く取り入れていたという。そのリストを基に寺尾と意見交換しつつ、寺尾も自身がレパートリーにしている楽曲を新たに提案。そんな行き来を繰り返して決まった5曲だった。①哲太がプロをめざしていた頃によく聴き、バンドでも演奏していた楽曲。②寺尾自身に馴染む楽曲。③脚本に映える楽曲。小泉監督曰く、それらが選曲のポイントになったという。 劇中で流れる5曲はいずれも原曲からアレンジされているが、これは寺尾自身の手によるもの。演奏も長年音楽活動を一緒にしてきたバンドメンバーと担当し、当然、自分で歌っている。哲太のここまでの歩みが滲む5曲は、いわば哲太の人生のプレイリストと言えるもの。寺尾が哲太の人生を背負って歌う、芝居と音楽が融合するクライマックスのシーンに注目を。
4月17日、湘南の海を一望できるレストラン兼結婚式場である指帆亭で聡美とダニエルの結婚披露宴のシーンが撮影された。ここで「Love Me
Tender」を歌う哲太を見る雄太の表情を小泉監督は絶賛。“父に呆れつつも本当は大好きで、ふたりの間には絆がある”ことを、その表情が見事に物語っていた。 クライマックスの哲太のライブシーンは4月24日と25日に撮影。観客役エキストラ70人が参加しただけではなく、カメラ用にクレーンも用意され、大がかりな撮影となった。 24日には、亮一が場を繋ぐために歌を披露する一幕や、混乱して暴れる哲太を家族や友人たちがなだめる舞台裏の一幕が撮影された。その舞台裏の一幕で寺尾が浮かべた表情を小泉監督は絶賛。もうダメかとうつむく雄太に哲太は「Smile
son」と声をかける。その表情から哲太の真意が伝わり、胸を揺さぶられることになるはずだ。
「What Now My Love」と「Beyond the
Sea」を立て続けに歌うシーンは24日の夕方から段取りが始まり、翌25日に集中して撮影された。寺尾は小泉監督、雄太役の松坂桃李、撮影部、録音部、バンドメンバーたちと綿密に打ち合わせし、演奏のリズムやテンポ、音の出しどころ、止めどころを探っていく。演奏シーンは30カット以上撮ることになったが、段取りからテスト、本番に至るまで寺尾は常に全力だった。撮影も終盤になると、ぐったりと座り込む様子も見られた。そんな寺尾に松坂桃李は黙って寄り添い続ける。言葉ではなく心で通じ合っているその姿が劇中の哲太と雄太の姿に重なった。
松坂桃李
間宮雄太役